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2007年9月 1日 (土)

天然コケッコー感想その5

もうすぐ消えてなくなるかもしれんと思やあ
ささいなことが急に輝いて見えてきてしまう

ジャーナリストの有田芳生さんの記事を拝見して、沢木耕太郎さんの映画評が気になったけど、朝日新聞とってない…しかしネットとは有り難いものです。

「どらく」の映画散歩 レビューから↓
天然コケッコー 〜過ぎゆく「夢のような時間」

私はこの映画を現時点で通算5回。無論こんな短期間に、同じ映画を見たのは初めての経験。
では何故それ程の鑑賞に堪えられたのか…それは、この作品の「何もなさ加減」を心地良く感じていたからだと思う。

何も起きない(ドラマ的でない)からこそ、一方向に気を取られる事なく、見る側の気持ち次第でより多くを感じ、享受する事が出来る。だから何度見ても飽きないのだ。
そんなとこも原作と一緒(笑)

が、どうしてもしっくりしない部分が一つ。
なんとか自分の中で折り合いを付けようと、試みる事5回。やっぱりダメでした(^^;)
それは、神楽(祭り)で、そよが涙を見せるシーン。

あの涙は原作とは違っていて、まぁそれは仕方ないのだけど、たぶん伊吹の演出に納得出来てないのだと思う。
ネットでの感想を見る限り「友人達のヤキモチや、ちょっとした意地悪で」みたいな捉え方をしてる人も多かったし…。

しかし、伊吹はそんなキャラじゃない!
伊吹は“にぶき”なだけであって、意地悪をしたのでも、大沢に気があるワケでもない。だから、鼻くそほじる姿を大沢に見られちゃっても気にしない(爆)
私は伊吹のそんな“男前”なところが好きだ(^^)

あの神楽のシーンでは、監督とあやさんで意見が分かれたそうだが、あやさんはどうしたかったのだろう?知りたいものだ。
であるが、あのシーンに共感した人は多く、作品にとってマイナスにはなっていない。単に自分だけの拘りなので…(^^;)

ってところで冒頭に戻ります(長いな)

実は公開初日。冒頭のフレーズ「もうすぐ消えてなくなる〜」が原作に存在したか、一緒にいた仲間数人に聞きました。
皆、曖昧でした。(実際、原作にはない)

曖昧だったのは、原作では、中2→高3と三年の月日が流れていて、もともと中・高編合わせて“その様な描写”がなされていたから──と思う。
私達既読者の記憶にはそれがあった。だから、あまり違和感なく受け入れられた。
それこそが、渡辺あやさん言うところの「脚本家の爪跡がどこにも残らないような作業」なのだろう。

まぁ自分的には、東京をもって来ず、原作通り消しゴムのエピソードであったとしても、充分切なさは伝わった…と思えるが;;(映画では東京の高校か田舎の高校の二者選択だが、原作は地元の森高か草なぎ高の二者選択)
そうすりゃ、ご都合主義だとか、大人目線だとか言われずに済んだかも?(^^;)

そんなわけで「もうすぐ消えてなくなる〜」が不要に感じる人もあれば、この強力なフレーズをもってしても、全く無感慨で意味不明だと感じる人もいる(^^;)
となれば、ガイド的役割をも果たしてくれる「もうすぐ消えてなくなる〜」は、やはり重要だろうと思う。
原作に精通していた、あやさんならではの名言だ。

むしろ自分が不満を述べるとするなら、やはり“そよのおさげ”を解いちゃった事かと…。
なんで? それこそ理由を知りたい!
例えるなら『ONE PIECE』七不思議の1つである“サンジの左目”をアニメで描いちゃった〜みたいな?(笑)


天然コケッコー感想その1

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*天然コケッコー」カテゴリの記事

コメント

>伊吹

べつに、意地悪したわけじゃないと思いましたけどね。
そよちゃんに対して意地悪というよりも、むしろ
あっちゃんを庇ったんじゃないかな。

そよちゃんが泣いた一番の原因は、あっちゃんへの暴言
からの自己嫌悪。それで一気に周りの自分に対する目が
気になりだし、たこ焼きもかわされ、帰りも一緒に帰って
くれなくなってその自己嫌悪が極まった、と。

伊吹はあっちゃんと同級生なので、そよちゃんの無神経
発言でのあっちゃんの心をうすうす思いやり、そよちゃんに
ちょっと冷たくあしらうっぽい言動であっちゃんを庇った
んじゃないか、というのが私の意見。

そよちゃんを孤立させ追い込む、という流れを盛り上げる為
「大沢君のおかあちゃんに会いたい」とか「にぶきちゃん」
という原作のシークエンスは削られていて、そこがまあ
「爪跡」なわけですよね。

原作キャラとの違いという意味で言えば、伊吹よりもシゲ
ちゃんの描き方が気になりましたね。映画見ただけだと
ただのロリおやじ(笑)疎まれているけど愛すべきキャラ
なんだということを説明するエピを1カットでもいいから
入れて欲しかった。あえて言えば「すき焼き」の話。
あの場面ではおばあちゃんやらはシゲにとても好意的で
村の中でのポジションを説明するにはいいエピだと思った
んだけど。

まあ、原作と比べて語ることは無意味なので、あえて比べたら
という意味で。

>「もうすぐ消えてなくなる〜」

これは、精一杯譲歩の余計な解説ですね(笑)
あやさんに実際使いたかったかどうか、聞いてみたい。

>「おさげ」

多分、スターダストの圧力だと。
これも、聞いてみたい(笑)

投稿: P | 2007年9月 2日 (日) 09:55

N耳さん、こんにちは!
5回も見に行かれたんですね!
愛ですねぇ・・(^^)

あの涙のシーン
あれは原作を忠実に表すのは
とっても難しいかもしれませんね。
全然涙の意味合いが違って見えたもん。
わたしとしては
「そよちゃんの涙はもっと単純なものなのだ」
と言いたかったですね。
そんなことで泣かなくても!みたいな。
ちょっとガキっぽいのです。
でもそんなことで泣いてしまうそよちゃんが可愛いのです。
映画の泣きかたは、もっと複雑な胸のうちがあるようで
でもどんな場合でも、そよちゃんはあんな泣き方を
するような女の子じゃないと思うのです。

お下げをおろしたそよちゃんによって
わたしは「所詮映画だよ」「原作とは別物だ」と
思ってしまったような気がする。
許すとか許せないとかの以前になってしまいました。
そういう意味では本当に残念な部分でした。

でも、それでもやっぱり映画をスキです♪


投稿: short | 2007年9月 2日 (日) 11:15

#Pさん
もうすぐ終ってしまうと思やぁ
ささいな事が急に気になり出してしまう
…なんちゃって(笑)かなり無理矢理;;

>意地悪
そう捉えてる人、結構多かったんですよね;;
あっちゃんを庇う…なるほど。そーゆーとり方もありますか。
あっちゃんだって傷付いてる筈だし、救済しないとね。

>そよちゃんが泣いた一番の原因
それは分かるんだけど(皆、共感してるし)あそこまで大袈裟じゃなくても、別にいいじゃん!みたいな(^^;)
まぁ私だけの拘りなんで、映画的に問題は無いんですけどね(笑)

>シゲちゃん
まぁシゲだから私的には(伊吹より)許せてる様なものの、せっかく最後まで拘ったキャラなのだし、もっとしっかり活かして貰わないとね(笑)

私はせめて“シゲは十代”と分かるくだりをどこかで入れて欲しかったなぁ。親切心で言ってるらしい事は、一応そよに弁明させてたし。
けど、映画の後に原作読んで、シゲにぶっ飛んだ人もいるから、それはそれで面白いか(^^;)

>精一杯譲歩の余計な解説
名言だ(爆)

ただでさえ単館系で大衆的でない上、あのフレーズがなけりゃ更に観客を振り落としかねなかった思うので、仕方ないかな。
まぁキャッチフレーズ的に使うだけで、劇中そよには言わせないって手もあったとは思いますが…。

>スターダストの圧力
やっぱり?(笑)
夏帆ちゃんを魅せる。ファンサービス。
そんなところでしょうか(^^;)

投稿: みみ@管理人 | 2007年9月 2日 (日) 11:51

#shortさん
はい。気付けば5回…さすがに想定外です(^^;)。
まぁ最初の一回は無料(試写なので)ですが、そこへ行く迄に散財してる(笑)

>全然涙の意味合いが違って見えた
変えたらしいです。
あやさん、本当はどうしたかったのでしょうね?

>そよちゃんの涙はもっと単純なもの
そうそう、私もそれが言いたいです。何もあんな大仕掛け(笑)にしなくても…
監督、あのシーンで何度も夏帆ちゃんにダメ出ししてましたから、その力の入り具合が画面にも出てるんでしょうね。

>お下げをおろしたそよちゃん
あ、やっぱり気になりました?
だってそよちゃん、寝る時も、玉の輿温泉でぶっ倒れた時も“お下げのまんま”だったんですよ(笑)
松田先生の結婚式で“ちょっと洒落てみた”時も(笑)

>それでもやっぱり映画をスキです♪
同感です(^^)
愛じゃなぁ。

投稿: みみ@管理人 | 2007年9月 2日 (日) 12:14

映画は映画として独立したものとして読み込めてるPさんすごい。

にぶきちゃんのところ、私は、原作の方にぬるさがあって、それで実写だと上手く映画にならなかったんじゃないかと思ってます。
読者の心情的には、シゲちゃんを押し付けられたから泣いているはずなのに「大沢君のお母さんが見たいから」ってうまい言い訳が出てきて、で、そよちゃんは天真爛漫なまま、その欺瞞に気付かない。なるほど漫画として無理なく面白く読めるけれど、表現媒体を変えるととたんに不都合が出てくる「くらもちマジック」に思えます。いい意味でも、悪い意味でも。

愛すべきシゲちゃんの1カットはですね、「甘栗みたいじゃのう」とシゲちゃんが言った時に、伊吹が「シゲちゃんにはわからーん」って一言返していれば全然シゲちゃんのイメージが変わっていたって思うんですけどね。あの女の子軍団の中でシゲちゃんがどういう立ち位置なのか、一言でわからせてくれたセリフでした。なんで入れないかなあ?

ここでこのセリフを言ってほしかった、ってネタでもうひとつ究極のを。
橋のところ、神社と首吊りの木の二つのエピソードがミックスされているんですが、原作では「ねがいごと少ないんだね」「幸せなんだな」って素敵なセリフでまとめられていたわけです。しかし映画版では飛び降りの橋。ここで!「失恋!?借金苦じゃなかったんかね」とそよちゃんが目を開ければ!

投稿: touka | 2007年9月 4日 (火) 11:52

#toukaさん
反応遅くてスミマセン。ネト落ちしてまいた;;

>原作の方にぬるさがあって
toukaさんは「シゲちゃんを押し付けられたから泣いている」と読んでいたのですね?
私はそのまま「大沢君のお母さんに会いたい(会った事ないのは自分だけ)」なのに思う通りにいかなくて…の涙だと思ってます。
そんなしょーもない理由でも泣いちゃうと思います、女の子は(^^;)

もしかしたらその辺が、監督を悩ませたのかな?と思ったりしてるんですが…。
で、監督なりに咀嚼した上で涙を表現すると、ああなった(自己嫌悪と疎外感?)と。

>借金苦
映画は、ギャク的要素全て排除してますものね;;
それも含めて天コケの魅力だから、とっても勿体ないのだけど、まぁ本作の場合は仕方ないのでしょうね。

>シゲちゃんにはわからーん
そのセリフは、あっても良かったですよね。
シゲちゃんに関しては、ただただ残念です。ほんと、あとひと言でいいから何か欲しかった。
既読者以外には「ロリでキモイおっさん」にしか見えないですもんね(^^;)

投稿: みみ@管理人 | 2007年9月 5日 (水) 10:28

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